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- 寛永20年信使之時京大坂諸役之衆ヨリ義成様へ来御状
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京都所司代板倉重宗書状
全3画像
収蔵品番号 | P949 |
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指定 | 重文 |
名称1 | 京都所司代板倉重宗書状 |
年月日 | 五月廿二日 |
差出・作成 | 板倉周防守重宗(花押) |
宛所 | 宗対馬守様、御報 |
概要 | 朝鮮人去朔日義成の居城に着岸の由、大坂着船予定・京都逗留予定・京都より江戸まで召し連れる人数について書付け、先に大坂まで知らせよ、私(板倉重宗)は上方御用のため江戸に逗留、京都にての御用は永井尚政が指示されるので相談するように、宗義成の馬・人足の件老中より達があった、私の代わりに尚政が指示されるので相談するように、朝鮮人馬に強く乗り、そのため馬が死ぬ、朝鮮人馬に乗らぬように、道中逗留の場所では奉行を添え、朝鮮人不自由にならないようにいたせ、私(重宗)は御用が済んでおらず、上洛する時期は予測がつかない |
品質 | 現状続紙 |
法量 | (1)17.8×53.2 (2)17.8×53.4 |
備考 | |
通番 | 746 |
紙数・丁数 | 2紙 |
員数 | 1通 |
階層情報、墨書等 | 5番箱内 5-5番巻子内 |
封紙 | |
包紙 | |
書出文言 | 去朔日之御状拝見仕候 |
書止文言 | 恐惶謹言 |
翻刻 | 去朔日之御状拝見仕候、然者両御所様御機嫌能被成御座候間、御心安可被思召候、将又朝 鮮人去朔日ニ御居城迄着岸仕候由、奉得其意候、大坂へ何時着船可仕候哉、京都にて何程 逗留可仕候哉、并人数弥御穿鑿被成御注進可被成候、人数以下も京ヨリ江戸迄人数何程召連 候哉、是又御書付被成、先様大坂迄可被仰遣候、我等儀上方御用之儀被仰付にて、江戸ニ 逗留仕候、京にての御用之儀永井信濃守ニ被仰付候間、可被成御相談候、御手前馬人足之 儀者、御老中ヨリ被入御念被仰渡候、我等不罷在候付而、代ニ永井信濃守ニ被仰付候間、万 端可被成御相談候、次ニ朝鮮人馬を強ク乗り、馬息を致死申馬多御座候間、罷成儀ニをひ てハ、朝鮮人ニ馬を乗候ハぬやうニ可被仰付候、不及申候へ共、馬ニ乗候時分御手前之も の被仰付、馬を御渡させ被成可然存候、道中逗留之所にてハ、御賂入次第ニ御座候間、是 も奉行を御添被成、朝鮮人不自由ニ無御座様ニ可被成候、我等も爰元埒明次第罷上候様ニ と被仰候へ共、御用調兼申候間、罷上儀難測存候、猶期後音之時候、恐惶謹言、 板倉周防守 五月廿二日 重宗(花押) 宗対馬守様御報 |
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