松平[大河内]正信書状

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収蔵品番号 P971
指定 重文
名称1 松平[大河内]正信書状
年月日 三月十九日
差出・作成 松平備前守(花押)
宛所 宗対州様、御報
概要 公家衆御暇出る、万事首尾よく、閏二月二十六日の両通、三月朔日・同二日・七日の自筆書状到来拝見、宗義成閏二月二十八日国元出船、三月七日漸く防州向嶋着承知、宗義眞お産遅く気遣いとの由尤も、養性院殿油断なし、大学殿もおられるので相談、お産ないことも、今少し見合わせれば分かるであろう、大河内正信来月三日日光へ行く、柳川のこと日光門跡に言上する、国廻衆この内岡野孫九・井戸新右等を私宅へ呼び、宗家家人を呼び万事相談
品質 折紙
法量 (1)31.2×45.8  (2)31.2×45.7
備考
通番 768
紙数・丁数 2紙
員数 1通
階層情報、墨書等 6番箱内 6-2番巻子内
封紙
包紙
書出文言 公方様益御勇健被成御座
書止文言 恐惶謹言
翻刻   尚々御奥かたの事、すこしも御気遣被成ましく候、一段と御息災ニ候、いつれのみち
  ニいたし候ても御気分よく候か、めてたく候、くわしくハ市郎兵衛かたより可申入候、
  以上、
公方様益御勇健被成御座、殿中相替事無之、公家衆御暇出、万事首尾よく御座候、
一、閏二月廿六日之両通、三月朔日同二日七日之御自筆之書状とも相達、具ニ拝見、貴様
  御事閏二月廿八日御国本御出船、三月七日ニ漸防州之内向嶋迄御着之由、船中御難儀
  之段察入候、御無事ニ周防之地迄御越、先以珍重存候、
一、御おくかた産おそく候て、御気遣之段被仰下候通御尤存候、此方養性院殿少も御油断
  無之候、大学殿も御座候事ニ候へハ、万事御相談ニ候ハんと存事候、昨日も市郎兵衛
  よひよせ様子承候、第一唯今一段御息災ニ候、尤月数かさなり申候間、産無之事も候
  ハんつれとも、唯今いつかたへもかたつけ可申様も無之事之由ニ候、今少見合申候ハヽ、
  しれ可申候間、其時分御養生可然由、何茂医師とも申候由ニ候、追付貴様御参府可被
  成候間、御養生之義御相談可被成候、いつれのみちニいたし候ても、御息災ニ御座候
  事、珍重存候、此方にてさへ昼夜如何と存候間、貴様御気遣之段察存候、
一、私事来月三日ニ日光へ罷越候間、柳川事弥以日光門跡へ可申達候、度々断申置候間、
  中々何方より申来り候とも御帳ニ付、申候事は有ましきと存候、
一、貴様御事日和あしく候而、思召之外御参府おそく御座候段は、くわしく保若州相談申
  候而雅楽殿へ可申候間、可御心安候、来月十日まへにてもくるしかるましく被存候、
一、貴様御事御息災候哉、不及申候へとも大事之御身にて候間、御養生能々可被成候、爰
  許之義すこしも/\御気遣被成ましく候、
一、国廻り衆此中岡野孫九井戸新右なと私宅へよひ申候而、御家人よひ万事相談申候、可
  御心安候、急早々恐惶謹言、
          松平備前守
   三月十九日     (花押)
   宗対州様
      御報
検索ヒント 徳川家綱 藤堂高次 日光東照宮 守澄法親王 酒井忠清 松平正信 宗義真

400768

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